2013年03月11日

故郷を、想う。

私が生まれたのは、宮城県仙台市です。
両親共に北海道の出身で、転勤先の彼の地で4歳までを過ごしました。

そこで暮らした記憶は、さすがに40年近く経つと、おぼろげにしか無いのですけれど、私の大切な生まれ故郷です。
今も近郊の名取市には、叔母家族が住んでおり、両親の年忌などには、遠路はるばるこちらまで来てくれます。


2年前のあの日、私は仕事で大阪・松原のカメラ店にいました。
あの時、地面が揺れたのか、私が揺れたのか、とにかく私を含めた身の回りが、大きくゆったりと揺れたことを覚えています。

自宅に戻ってから見た、名取の海岸を襲う津波は、見覚えのある風景が根こそぎ消え去っていく事を私に思い知らしめました。

連絡の付かない焦燥、叔母家族の安否を判断できない苛立ち。
情報リテラシーなんて言葉が無意味な事を痛感させた、各種メディアの無責任な報道、ツイッターをはじめとしたソーシャルコミュニティーのこれまた無責任な流文、デマ。

幸いな事に、親戚は災禍を免れており、私も、今こうして暢気にあの日を思い返せる余裕があります。
今もそうはいかない人達も沢山いる中で、それはやはり幸いな事だと言わざるを得ないでしょう。

私自身はとても小さい存在で、こうして彼の地に思いを馳せながら、非生産的な駄文しか書けない身です。
他に出来る事と言えば、覚えている事ぐらいしか出来ないのも、また事実です。

私にとっての東北は、カタカナで記されるような悲劇の象徴地ではなく、下らないアンチムーブメントの聖地でもなく。
父が6県を駆け回って仕事をこなし、母がやんちゃなガキだった私を叔母と共に追い掛け回した、私の生まれ故郷です。


posted by note. at 15:48| 奈良 | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする